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久しぶりのコンサート

昨日の夕方に広島文化学園HBGホールにコンサートを聴きに行きました。タイトルは「アイルランド音楽の伝承者たち」で、アイルランドから11人の楽団が来日してツアーを行っています。

メンバーの内訳は、5人が楽器演奏、2人が歌手、4人がダンサーです。楽器はドラム、横笛、アコーディオン、バイオリン、ギターで、曲によっては2人の歌手もアコーディオンを弾きます。

3人のアコーディオンはそれぞれ形が違っていて、おそらく音色も違っていたのだと思います。このアコーディオンの音色が、この楽団の個性を決めていると思いました。

演奏された曲に共通した印象は「懐かしい」です。聴いていると田園風景が頭に浮かんできました。私は幼少の頃は母の実家である島の農家で育ったので、この田園風景はおそらく幼少の頃に観た風景なのだろうと思います。

歌手の2人は親子で、父と娘です。父の方はもうかなりな年配で、娘がおそらく20代後半なので、60歳ぐらいかと思いましたが、その渋い歌声は心地よいものでした。

娘は美人で声も澄んでいて聴いていてとても魅了されました。美しい歌声とはこういうものだと思わせられました。素朴でシャイな感じが良かったです。

ダンサーは1人が男で3人が女でした。男がリーダーで一番ダンスが上手かったです。女は一人が上手くて、残りの2人はまあまあといったところでしょうか。

ダンスはタップダンス風であり、後半では実際にタップダンスを披露してくれました。1人づつ踊るのや、2人から4人で踊るのもあり、バリエーションが豊富でしたが、最後の方はみんなで手を繋いでフォークダンスを踊っていました。

前回のコンサートは昨年の10月にハービーハンコックとバックの演奏をグリーンアリーナの大会場の最前列で聴きましたが、今回は普通の会場で最後列で聴きました。対照的なコンサートでしたが、今回のコンサートは新鮮で懐かしい良いコンサートだったと思います。
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サイレントバイオリンとの出会い

50歳を過ぎたある日、ネットでヤマハがサイレントバイオリンを発売した事を知りました。それまでは電子楽器が好きで買ってはいじって遊んでいたので、サイレントバイオリンも電子楽器として興味を持ってしまい、衝動買いをしてしまいました。

買ったのはいいのですが、シンセサイザーにも増してまったく弾けませんでした。そもそも正確な音階すら取れません。弓で弦を擦っても安定して音を出せません。そこで小さな決心をしました。

音楽教室でバイオリンを習おう。その日から近所の音楽教室を調べて、サイレントバイオリンでレッスンをしてくれるところを探しましたが、全部アコースティックバイオリンでないとダメと断られました。

諦めかけていたある日、サイレントバイオリンを買った店に行ってみると、店舗の奥に音楽教室が併設されているのを見つけました。ダメモトでサイレントバイオリンでも良いか聞いてみたところOKだということで、灯台下暗しでしたがやっと見つけました。

その店は、大宮駅の近くにあるロフトに入っている島村楽器です。早速無料体験レッスンを申し込みました。この教室はフリータイムレッスン制で、好きな時間に予約を入れておいて受講する事ができます。

レッスン室のドアが開いて講師の先生が出てきましたが、この先生も若くて美人で可愛かったです。やはり私のジンクスは当たっていると思いました。

この日は教室からアコースティックバイオリンを借りてレッスンしました。 簡単な曲を弾いたのと、先生の模範演奏を聴きました。先生のバイオリンは傷がついていたり所々剥げていたりしていたので、古いヨーロッパ製のものだと思いました。音はさすがに良かったです。

体験レッスンが終わった後ですぐに入会手続きをしました。この教室には、転勤で神奈川に引っ越してからも通い続けましたが、先生が結婚することになり、土日のレッスンが出来なくなったのでサラリーマンの私には平日遠距離を通う事は不可能なので退会しました。

次の教室は個人教室にしようかと思い「11音楽先生」というサイトで探したところ、歩いて通える教室が見つかったので体験レッスンを受けてみましたが、実際はあまりに近いので生活圏が同じであり、街中で会ったりするのが嫌だったので、他の教室を再度探してみました。

藤沢にあったので体験レッスンを受けました。ここなら電車で通うほど離れていますし、先生もやはりというか、若くて可愛かったので、体験レッスンの後ですぐに入会手続きを済ませました。

バイオリンからピアノに浮気をするのは、この教室を退会した後の事になります。
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パソコンで曲作り

シンセサイザーを買ってきていじるのは好きでしたが、キーボードを弾く事ができなかったので、音楽を楽しむという点ではいまいちな感じがしていました。

そういう時代にDTPが流行り出しました。DeskTop Musicの略ですが、要するにパソコンで音楽ソフトを使って曲を自作して楽しむというものです。

私も流行にあやかってDTMを始めましたが、一般的な作曲とは違い、メロディーの無い環境音楽を作る事を始めました。環境音楽とは例えば映画のバックに流れている音楽みたいなものです。

音楽ソフトはリアクターという変ったソフトを買いました。シンセサイザーを自由に自分で作れるというソフトですが、私は自分では作らず、内蔵されていた各種シンセを使っておもしろい音を作りました。

メイン機材としてSP808EXというデジタルサンプラー兼レコーダーを中古で買ってきて、リアクターで作った音をサンプリングして組合わせ、レコーダーに録音しました。ステレオ4トラックでデジタル録音できたので、当時としてはかなり高度な使い方ができました。

最初に作った曲は「Space Tone」と名付けました。宇宙で聞こえてくる音という意味不明なタイトルですが、一応手弾きでメロディーになっていないむちゃくちゃなメロディーも入れました。

作った曲は人に聞いてもらえるようMP3にしました。SP808EXはこの機能は付いていなかったので、別にコンパクトな4トラックのデジタルレコーダーを買ってきて録音し、MP3に変換してからコンパクトフラッシュカードを使ってパソコンに移しました。

MP3の曲ファイルは、メールに添付して送ったり、ブログにアップロードして公開できます。また、iTunesに読み込めばCD-Rに焼く事もできるので、知った人に聞いてもらって感想を聞く事ができました。ほとんどの人は「なんだかわからない」と言いましたが、私はそれで満足でした。
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小室哲哉との巡り逢い

東京に戻ったのは、仕事仲間から「今度会社を立ち上げるので一緒にやらないか?」と誘いが有り、即断即決でそれに参加する事に決めたからです。

大手メーカーから最先端の技術の開発を請け負って、大企業ではとうてい無理な短期開発を実現する事をミッションとして行うシステムハウスを立ち上げました。

私は最初はソフト開発のリーダーをしながら、社長の補佐として会社の仕組みづくりに取り組みました。

そうこうしているうちに3年が過ぎて会社の運営も軌道に乗り安定してきたので結婚しました。相手は取引先の会社の役員秘書だったので、職場で発表した時は誰にも信用されませんでした。

妻は私が大手企業に転職する事を願っていると気付いたので、大手の外資系メーカーに転職しました。中途採用なので、人一倍頑張りました。4年後には激務と多忙からうつ病になってしまい、半年間自宅療養する事になりました。

その頃にテレビでやっていた「シティーハンター」というアニメを好きになったのですが、そのテーマソングだった「Get Wild」を好きになりました。TMネットワークが歌っていましたが、そのリーダー兼プロデューサーであった小室哲哉を好きになりました。

その小室哲哉が宣伝していたヤマハのEOSというデジタルシンセサイザーを買いました。初代EOSですが、初心者でも簡単に使えるように出来ていて、4オペレーターのFM音源でしたが、サイン波に加えて放物線波も使えたので6オペレーター並の音が出せました。

キャンペーンで、EOSを買った人が応募すると小室哲哉のワンマンショーに招待されるので応募したところ当選してしまい、ちょうど葬式の日と重なりましたが、喪服のまま会場に行きました。

舞台の上には小室哲哉と女性の司会者のみでしたが、小室が普段ライブやコンサートで使用している機材が横に置いてあり、小室の軽妙なトークの合間に、その機材を使った演奏も披露してくれました。

デジタルシンセサイザーはMIDIという技術でいろいろな機材と繋ぐ事が可能で、当時最先端の機材であったサンプラーでいろいろなリアルな音色で演奏する小室哲哉の姿を見て感動しました。

これから私のシンセサイザー人生が始まってしまい、機材を買ってはいじり、また買い替えるという繰り返しを50歳くらいまで続けることになりました。
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北海道での独身生活

北海道への転勤先は苫小牧市でした。

雪はあまり降らないのですが、冬は零下15度以下になるので、道が凍って滑るのが慣れるまでたいへんでした。最初の一冬を過ごすまではわからない事だらけで嫌でしたが、次の冬からは楽しくてしょうがなくなりました。

北海道は自然が雄大なのと食べ物が美味しい事がよく取り上げられますが、住んでみて一番良かったのは住んでいる人の暖かさや人なつっこさだと思いました。

特に北海道の女性が持っている男性に対するおおらかさは、単身で誰も知った人が居ない未知の土地で暮らしていた若い独身の私にとってはとてもありがたかったです。
苫小牧駅の前にダイエーがありましたが、そこの最上階にヤマハの音楽教室がありました。職場が駅から歩いて行ける距離にあったので、仕事帰りでも通えるので、そこでエレクトーンを習い始めました。

今回は完全な個人レッスンで、広いレッスン室の中で先生と二人っきりになるのは慣れるまではちょっと緊張しました。生徒用のエレクトーンが10台ほど置いてあったので、グループレッスンもやっていたようです。

今度の先生も美人でカッコ良く、どうも私はそういう先生に縁があるみたいです。習い始めてから半年が過ぎた頃に、レッスンが終わって帰る途中のエレベーターで先生といっしょになりました。

特に意識したわけでもなく「一緒に食事はどうですか?」と声をかけたところ「いえ、用事があるので」と断られました。それですぐに話題を変えて雑談をしながらいつも食事をしている喫茶店に向かって歩いていたのですが、なぜか先生も一緒に話をしながら付いて来ました。

喫茶店に入って一緒の席に向かい合わせに座って注文を済ませ、話の続きをしました。なぜ最初は断わっておいて付いてきたのかは聞きませんでした。おそらくは最初に誘われたらとりあえず断ると決めているのでしょう。

それからレッスンが終わってから先生と秘密でデートするようになりました。教室では生徒とプライベートで付き合うのは禁止されているようなので、人の目に触れないように気をつけてはいましたが、狭い町なのですぐに近所の人に見られていた事がわかりました。先生は美人だったのでそれだけで目立ちます。

北海道には3年半ほど居て、転職でまた東京に戻りましたが、先生とはそれっきりになりました。エレクトーン以外の事も教えてくれたオンリーワンの女性です。
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楽器を始めたきっかけ

最初に始めた楽器はエレクトーンでした。

大学を卒業して東京に就職した時は、大田区の南馬込という所にあった社員寮に住む事になりました。通勤はバスで大森に出て、京浜東北線で蒲田で目蒲線に乗り換え、下丸子で降りて徒歩5分くらいのところに会社がありました。

社員寮は6畳一間に2人が入って共同生活をしました。二人とも荷物は少なかったので、十分な広さでした。隣の部屋の住人二人と合計4人で自炊をしました。順番に買い物と料理を担当し、4人で一緒に夕食を摂るのは合理的であり、楽しくもありました。

ある日テクニクスのアナログシンセサイザーが目に留り、つい衝動買いをしたのですが、私は楽器を弾いた事が無いので、まったく弾けませんでした。

通勤途中に蒲田駅で音楽教室があるのを見つけたので、試しに体験レッスンを受けてみました。先生が美人でカッコ良かったのでそれだけでもうすっかり入会する気になりました。

グループレッスンでヘッドフォンをして弾きますが、先生に肩を叩かれるとヘッドフォンを外してマンツーマンで指導を受けます。最近はこういう形のレッスンは聞かないですが、当時は広く行われていたのではないかと思います。

その後1年半ほどで北海道に転勤になったので、エレクトーンはあまり弾けないまま途中退会しました。自宅での練習用に中古のエレクトーンを買って独身寮の部屋に置いて練習していましたが、引っ越す時にそのまま部屋に置いて行きました。

エレクトーンを習うきっかけになったアナログシンセサイザーは北海道に持ってゆき、右手でメロディーを弾き、左手でツマミをいじって音を変化させるというような演奏スタイルはできるようになったので、当初の目的は達成出来たと思います。

きらやん

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